正源宗之の雑歌詩集

私が詩と出会ったのは今から半世紀以上前二十歳前後だったと記憶している 時を経てまた 思いつくまま気の向くままに 趣味の一つとなりし事 幸いと思う

父の死と詩

東京2020オリンピックが決定したその日父は「そこまで生きていられるものか」と口にします。
そしてその言葉は予言となり90歳をわずかに前にして、令和元年初冬に旅立ちました。
三七日の日探し物をしていた私は3冊のファイルを見つけます。
そこにはワープロで打った詩、歌詞、短歌、句が綴られていました。
私が知らなかった父がそこにいました。
全てを読み終えて思ったことは父が余生と考えた時間まで遡れるならば、こうやって誰かに読んでもらうことを手伝うことができたのに。
だってそれは生きることの励みになるはずだから。
次々と友人たちが先に逝く寂しさと老いへの不安を紛らしてもくれたはず。
さて、嘘か真か、空想か現実か、想像か経験か、私の問いかけに「詩歌とはそんなもんよ」と遺影の父が笑っています。
当ブログにお訪ねいただいた皆様には父に代わりましてお礼申し上げます。
父が70歳過ぎのおじいちゃんの頃に書き貯めたものです。
よろしくお願いいたします。

叫び

この詩を見つけた時の気持ちを言葉に表現することができません
まさしく家の座敷を感じ、奥の間と呼ぶ間の縁側のサッシが開いている
掃除機をかけているのは私だ
父が病院から帰ってくる準備をしている
家には私ひとりだ
父よあなたはいつもの寝間にもう帰っていたのか?
もうすぐ父が返ってくる
急がねば涙を流す事さえ後回しにして
私は父の眠る布団の準備をしていたのです
そんな情景を思い浮かべてお読みいただけるとうれしいです
ではお読みください

『叫び』です




座敷の方が何だか騒々しい 早朝だというのに
ヒソヒソ話を打ち消すかの様に掃除機の音が聞こえる 何だろう
しばらくすると表に車の止まる気配がした
そして何かを運び入れた
そうか座敷の調度品でも買ったのかも知れない
その為に掃除をしていたのだろう それなら合点もいく
組み立てが始まったらしい?
何だあれは? 祭壇じゃないか 棺も運び込まれている
一体誰が死んだんだ 随分と変だ
しばらくして五、六人の人が私を抱きかかえて棺に運び込もうとしている
おい何をするんだ やめてくれ 私を死人にするのか 殺人だぞ
私は叫び声を上げた だが全く無視された
聴こえないのか 殺人行為だぞ 声にならない声を出しつつも私は棺に入れられた
蓋を閉められた そうか私は二、三日前病院に担ぎ込まれたが
私の眠っている間に死亡診断書が書かれたに違いない
だとすれば殺人者は医者だ 死体遺棄も行われるに違いない 絶体絶命
先程からの読経の声もやんだ 再び棺の蓋が開かれ私の身体は菊の花でうづもれた
ユリの花もあった カスミ草もあった
花の香りにつつまれて私は赤い炎の向こうの世界に行くのだ
もう現世に未練はない
やれ健康保険料だ それ介護保険料だと金を取る事ばかり考えている現世
私は介護なんか ろくたま受けた覚えなんかないのに
あの世に行けば まさか健康保険料も取るまい介護保険もなかろう
地獄へ行くか極楽へ行くかは知らないが 一応閻魔様に袖の下を使ってみよう
六文銭をはたいて もしかして極楽へ行けるかも
あの世で殺人並びに死体遺棄罪で告発します

   では皆さんさようなら

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20年近く前に父はこの詩を書いたのか!
父は入院中家に帰りたかったのだと思います
医者が帰らせないと言ったなら警察に言ってくれと兄に言ったそうです
正気か認知が言わせたことなのか?
病状を考えたらそれは叶えられませんでした

後に1泊帰宅したことと
父よ貴方が抱かれた花はちょっと違っていたでしょう
お花だけはいっぱいに私たち家族から最後の貴方への贈り物
貴方が言ったとおりユリの花と色とりどりの蘭の花と
バラの花もあったでしょう
菊の花がほとんどない祭壇を私は初めて見ましたよ
花いっぱいに抱かれた貴方の姿を私たち家族は忘れることはありません
貴方の詩歌には花が何度も出てきますね

けっこうぼやきだった父は介護保険が始まった時には納得できなかったのでしょう
晩年には要介護4でお世話になることは予想だにしなかった
皆そうです
はっきりと自分の晩年が見える人など誰もいない
老いては子に従えと言うけれど
最後に老いることを学ばせてくれました

六文銭?入れることはできなかったけれど
閻魔様も美しいお花好きですよね

平面と空間

平面に線を描くいつかどこかで交差する

其れがどんなに広くともいつかどこかで交差する

君は此の平面のどこかにいる

君と交差する地点まで

其れがどんなに遠くとも君を求めて
 
君も求めているだろう

それが出会いと言うものかも

それとも君は私を避けて

此の広い果てしない空間に飛び立ったのか

追い求めても交差するのが分からない

手ごたえさえもしないであろう

空間とはそんな所かも知れない

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私の色は赤なの

だれかがそっと私に近づいて来る

手を伸ばし赤い私を折ろうとするの

私はじっと身構えた

手がふれた 其の時私はチクリとさした

そうよ私はアザミなの



私の色は赤なの

だれかがそっと私に近づいて来る

ハサミをもって私を元から切ろうとするの

其の時私は思いっきり

ハサミを持つ手をチクリとさした

そうよ私はバラなのよ



私の色は赤なの

野道のはせに春を待ち やっと開いた私の春を

だれかが私を力づく ぐっと引き寄せ折ろうとするの

私はそれにたえかねて

首からぽろりと地におちた

そうなのわたしは椿なの

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山茶花は花びらが散ります。椿は花の形のまま朽ちます。この花は山茶花です。)

戻る

もし 私を呼び止める者がいる
ハイどなたでしたか 思い出せない私に対し
いつか私を空想の世界にご案内いただきました者で御座います
あなたのおっしゃる通りそれは長い旅でした
暗闇の中の一人歩き どこまで行ってもキリがありません
ふだらく山の観音様の住まわれる所までと聞いておりました
そんな所はありませんでした

疲れたらハスの花びらで休めとおっしゃいましたね
赤むらさきの花のじゅうたんが広がっているとも言いましたね
それから きれいなお姫様のような方が迎えてくれるともおっしゃいました
みんな嘘です あなたはずい分いい加減な事をおっしゃる方ですね
でも一つだけ本当のことが有りました
観音様の手の平のこと やっぱりお布施を待っておられたのです

そこで私は六文銭の使い残しをお布施としてお渡ししました
それを見て 此れ位いのお布施で極楽へ行けると思っているのか
ばか者 さっさと帰れと それは怖い顔付きで私を追い返すのです
此の時は地獄の閻魔様の顔でした
でも其のおかげで再び此の世に戻ることができました

そうでしたか そんな事があったのですね
でもよかったですね此の世に戻れて
残る余生を 世の為 人の為におつとめなさい
そうすれば今度は必ず極楽に行けますよ 
いづれ一度は
あの世に行く身ですからね
お布施だけは十分もって行きなさいよ 念のため 

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空想

あなたを空想と夢の世界にご案内します
長い間意識のないまま病室に横たわっているあなた
白衣を着た先生がご臨終です
短かな言葉を残し立ち去られました
此の時よりあなたの天国への一人旅が始まります
ふだらく山の観音様が多く住まわれる所まで
六文銭は入れときました
それは長い旅になりますよ


三途の川を渡り果てしなき闇の世界を歩くのですよ
もし疲れたらハスの花びらに腰をおろし
ゆっくり休みなさい
そこから下界を眺めてごらん
赤紫のじゅうたんが一面に広がります
其処には元禄時代のお姫様のような それは美しい方が
にこやかにあなたを迎えてくれる事でしょう


あなたは観音様を知っていますか
体から脚光を放ち 左手は拝む形で 右手の平は上にして
何かをお受けになっている
人は悩める者の救いの手だと云ふけれど
私はそうは思わない
お布施を待っておられるのです
六文銭は使い果たしましたか お布施の分
次にそちらに行かれる方にことづけますから さようなら

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眠れぬ夜そっと床を抜け出した
午前二時私は表に立ってみた
うすら寒い外気が身にしみる
空には満月には程遠い月明かりがわづかに我が身の影をおとす
この時刻君は心地良い寝息と共に夢の中にいる事でしょう
月の中に君の姿を追いながらしばしの時を過ごす
その月も雲におおわれ闇の世界に
私の胸も厚い雲におおわれていた


再び床に戻る
冷え切った体はぬくもりの戻るまで
眠れぬ夜はつづく
それでもいつの間にか私を忘れる時が過ぎたのだろう
窓ごしの朝の日差しが私の目覚めを助けてくれた


ベルが鳴った
受話器の向こうに声がひびく
夕べは眠れなかったの 外に出て月を見てたの
そしたらね雲におおわれてまっ暗
君もそうだったの 僕も同じだよ
私の胸の厚い雲はいつのまにか晴れていた

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